『Jules et Jim』(突然炎のごとく)

2017年7月31日、ジャンヌ・モロー(Jeanne Moreau)が亡くなりました。
私にとって「胸が張り裂けそうな映画」というのが『Jules et Jim』(邦題:突然炎のごとく)でした。


先日のブログ記事に出てくる、嘘つき政治家、官僚連中、それをサポートするネトウヨの皆様というのは、
「胸が張り裂けるような思い」なんてしたことあるんでしょうか?・・・イヤ、ないでしょうねェ(笑)。

最後まで美しくかっこよかったシネマの女神のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

五月から六月へ 移動日

五月は、長年の憧れであった地で、貧乏性の私には珍しく半分バカンス(半分以上は仕事でしたが)のような日々を過ごしました。最悪だった通信環境を除いては、現地の生活や食事(半分以上は自炊でしたが)を楽しみ、海にも幾度か浮かび… と、それなりにリラックスできました。
これからフェリー(1泊)で別の国に渡り、更に3泊、国境を超えながらの移動となります。
移動中、フェリー内での通信環境にはあまり期待できないでしょうし、その後も一日に1~2回PCチェックできるか否か、と思われます。ご連絡に対するご返答ご回答には多少お時間を頂くものと思います。
ご理解ご協力の程、お願い申し上げます。

NOVECENTO ~ 1900年 ~

同じ年−1900年に、地主とその小作人、それぞれの息子として生を受けた二人が、正反対の立場に置かれながら、第一次世界大戦~イタリアファシズム台頭~第二次世界大戦を生き抜いた数十年間(=イタリア現代史)を、5時間以上(ノーカット版)の叙事詩に纏め上げたのが、「早熟の天才」ベルナルド・ベルトルッチ、35歳の時です。

この映画の何処が凄いのかと言うと、実際に映画を観てください、としか言えないのですが、まあとにかく凄いのです(笑)。風が吹きます。農婦の唄声が木霊します。スターリング・ヘイドンが見事な死を迎え、バート・ランカスターが、ドナルド・サザーランドが牛の糞尿に塗れます。若かりしジェラール・ドパルデュー、ロバート・デニーロ、ステファニア・サンドレッリ、ドミニク・サンダが、スクリーンから弾け出るがごとく艶々と輝いています。

そんな「早熟の天才」に突然陰りが見えたのが、普通の監督であれば所謂「脂の乗り切る頃」であろう40代半ばで撮った、そして皮肉にも米国アカデミー賞9部門を獲得した『ラストエンペラー』でした。天才の持つマジックや魅惑がスクリーンから消え失せ、続く『シェルタリング・スカイ』『リトル・ブッダ』と惨憺たるものでした。その後も、あまりにも完成された『暗殺の森』『1900年』を知る私には、目にするのも辛くなるような作品が続きました。

実は私、ベルナルド・ベルトルッチご本人にお会いした事があります。イタリア・アドリア海沿いのリゾート地で、イタリア映画の回顧展があり、そこにフランチェスコ・ロージー監督(『シシリーの黒い霧』『予告された殺人の記録』等)とベルトルッチ監督とが招待されていました。
ロージー監督は、その作品内容のイメージに沿った「マフ○アそのもの」という外見でした(笑)。小柄な紳士だと思い込んでいたベルトルッチ監督はというと、ロージー監督に負けず劣らずの巨体で、しかし当時、既に足腰の具合が芳しく無いご様子で、上記したように、その才能がすっかり影を潜めた作品続きだったことから、「映画監督とは肉体労働そのものである」という思いを改めて強くしたものでした。
それでも私にとって、目の前に居るベルナルド・ベルトルッチは現代映画史に輝く巨星の一つには違いありません。控えめな日本人の私は(笑)、作品上映前のベルトルッチ監督のスピーチが終わったのを見計らって声を掛け、ベルトルッチ監督が親切にもサインをして下さろうとしたその時、場内の灯りがスッと落ち−映画の上映が始まり、チャンスを逸してしまった、という、遠い記憶が残っています。

IL CONFORMISTA ~ 暗殺の森 ~

以前は公式ページに[Balibari Cinema]なるコーナーがあって、毎月名作映画を紹介していたのですが、サーバーへの負担、YouTubeの良く分からない規制の面倒さ等に加え、恐らく誰も見ていなかったので(笑)、コーナーそのものを削除してしまいました。そこでも一度紹介したことのあるのが『Il Conformista(日本題:暗殺の森)』です。 監督のベルナルド・ベルトルッチ(Bernardo Bertolucci)は、黒澤明の『羅生門』に触発されたであろう『殺し』でデビューしたのが若干21歳! 23歳で『革命前夜』、そして1970年、何と若干29歳で、映画史上でも傑作とされる『暗殺のオペラ』と『暗殺の森』を発表します。「早熟の天才」というのはこういう人の事を言うのでしょう。 ベルトルッチの初期作品には切っても切り離せない「ファシズムの影」を常に湛え、エロティシズムと様式美に満ちたヴィットリオ・ストラーロ撮影の映像は、美しく、そして恐ろしくもあります。 明日は、ベルトルッチ、35歳にして”最後の傑作”であろう『1900年』を紹介したいと思います。

FxNet 日本語サポートブログ

FxNetのリベート更新を昨日お知らせしたばかりですが、本日はFxNetサポートからのお知らせです。
日本語デスクの方が実はひっそりとブログを開始されているのですが、その紹介を承りました。
タイトルも『こあら子のFXサポートデスク』と結構ファンキーですね(笑)。

私も一通り読ませて頂いたのですが、FxNetのCEOのインタビュー全訳記事有り、クレカ・デビカ入金時の手続き等、実務上のマニュアルあり、で、さらには、この日本語サポート様がこのFX業界に入るきっかけや、この方が暮らす現地での日常生活等も、写真付きで、包み隠す事無くざっくらばんに綴っておられます。そこココに滲み出ている〇〇節(と私は呼んでいます)にも結構笑わせて頂きました。

御本人の声を紹介するならば
「最近はサポートデスクのブログなどは目新しくもなくなってきていますが、私としてはFxNetを販促するという以前に、これまでFXを通して、海外に在住していながらたくさんの日本の方々とコミュニケーションを取らせていただき、貴重な体験をさせていただいたことについて、ブログというコミットメントの形でささやかながらお返ししていきたい、という気持ちがあります。」とすご〜く真面目なんですね!
http://japanfxsupport.com/
一度訪問し、どういった方が普段サポートされているのか、身近に感じてみるのも良いと思います。
このブログでも常々言っている事ですが、トレーダーであれIBであれ、自分の関わっている業者やサポートの方々とのコミュニケーションの有無や深度は非常に大事だと思うのです。取引条件のみならず、ブログの記載内容について、コメントしてみたり、メール連絡を入れてみたり… 日常会話的にコミュニケーションを取りながら、業者そのものを自分の側に惹付けたり、業者への判断材料にしてみるのも、トレーダーやIBの「腕の見せ所」だと思います。
FxNet日本語サポートへの連絡は、mai@fxnet.comまで!

ラース・フォン・トリアー『奇跡の海』- Breaking the Waves –

先日、小さな村で教会に入ると、何だか他の教会と雰囲気が違います。そう… かすかに音楽が流れているんですね。そして程なくすると、この音楽が流れて来ました… 自慢じゃあないですが(十分自慢ですが)、私は好きな映画なら、タイトルを聞いただけで、その音楽を鼻歌で鳴らせますし(音痴ですが)、逆に音楽を聴いただけで、即座にタイトルやシーンが思い浮かびます。

当時、まだこの映画の公開前、ある海外映画祭のオープニング上映でこの映画を観ました。当然ながら、観客全員がこの映画を初見であり、2時間40分の上映後、全員が総立ちとなり感動と興奮の渦の中、怒号のような拍手が涌き起こりました…
一方、数ヶ月後に公開された日本では… どの媒体も「究極の愛の物語…」「純愛の感動の物語..」と感情タップリに繰り返すだけのアノ調子で… 正直、自国の文化レベルに目眩がし、吐きそうになりました(笑)。このことが私が日本を去る切っ掛けとなったのです(嘘)。

監督のラース・フォン・トリアー本人が「自国の嫌われ者」と自嘲するように、彼の殆どの映画のテーマと同様、この映画も、村が、教会が、果ては家族が、つまりは社会や組織といった「枠組み」が、如何に「個の違い」を認めず、そして個人を抹殺していくのか… を描いているのだと(私は)思いますけどね… 原題にハッキリとあるではないですか、ベスよ『波を打ち砕け!』と。

それから十数年、いくらバッハの曲とはいえ、偶然訪れた小さな村の小さな教会でこの音楽が流れていた事は、大きな喜びであり、改めて自国を振り返り、小さなショックでしたね。

ロマン・ポランスキー 『テス』

先日、映画『テス』ゆかりの地を訪問して来ました… 感無量。
Tess_stage-03この数日間『テス』のサウンドトラックが頭の中を木霊しています。

今まで一度も取り上げた事はありませんが、ロマン・ポランスキーは、私の敬愛する映画監督の中でも、憧れ中の憧れ、天才中の天才、と言ってよい映画監督です。
tess1979_polanski&kinski「呼吸をするように映画を撮る」と讃えられ「全ての映画監督が嫉妬する才能」とも呼ばれていました。
映画を「物語の筋」で追う愚を絶対に犯さず、常に”視線”で追うショットにその才能が息づいています。食事やパーティーのシーンがあれば、必ず誰かがグラスを落とし(そうになり)ますし、主人公がしばしば屋根裏から落ち(そうになり)ます。『袋小路』で割れる鶏の卵。『ローズマリーの赤ちゃん』の電話ボックスや病院での“汗”。『チャイナタウン』で、切り落とされそうになるジャック・ニコルソンの鼻。『テナント』で“女装”するポランスキー自身。『フランティック』では、屋根から落ちそうになるハリソン・フォード。『戦場のピアニスト』でのキャラメルの包み紙を開く音や、そのたった一つのキャラメルを家族全員で分ける為にナイフで刻んで行く寂しさ、何日も食べていない主人公が缶詰に穴を開けようとして落としてしまう瞬間の絶望的な哀しさと、直後のユーモア… そういったショットショットに、「暑さ」「渇き」「恐怖」や「痛さ」といった”感覚”が息づいています。そして今回の『テス』。テスがイチゴを口に含まされるシーンでは、ナスターシャ・キンスキーの、そのふくよかな唇に吸い込まれそうな… 思わず恋に陥りそうな、そんな錯覚を覚えるのです。

Polanski&Tess_2一方、ポランスキーの物語の主人公は、「常に誰かに追われ」そして「逃げ続けなければならない」運命に置かれています。常人ではとても経験しきれない、信じ難い程の数奇な運命に呪われた人生を、何度も切り抜け、脱出し、生き延びて来たバックグラウンドが影響しているのは当然の事でしょう。
米国で「妊娠中の夫人を虐殺」され、「淫行容疑」で国家とマスメディアに追われ、米国を脱出、舞い戻った欧州で撮ったのが、この『テス』です。
主演のナスターシャ・キンスキーも後年堂々と「私とロマンとは、当時、本当に愛し合っていたんです。心から繋がっていたんです」とインタビューに答えていますが、アングロサクソン社会が設けた”基準“に毒されたメディアは、上記『Wikipedia』『NAVERまとめ』を見ても「ナスターシャ・キンスキーとは彼女が15歳の頃から性的関係を結んでいた」といった「先入観を植え付ける」為の記述しかありません。こういった経緯と心境が、『テス』というあまりに美しい映画の、何ともやりきれない哀しい結末になっていると思います。

米国脱出から30年以上を経た2009年、チューリッヒ映画祭授与式に出席するためスイスに滞在中、前述の淫行容疑を理由にスイス司法当局に身柄を拘束されます。何故でしょう?… 既に撮影を終えていた『ゴーストライター』の内容が既に、米英政府、そしてスイス政府との間で連携されていたからに他なりません。この点に触れたレビューは誰も出していませんが、明らかに「元英国首相がモデル」となっているこの政治ミステリーの「ディテール」(インターネット検索画面であったり、チラリと画面に映る本の記載等です)を食い入るように見つめていれば、それは自ずと明らかになります。米英主導の世界ではポランスキーは十分に世界の裏側を『知りすぎた男』であり、「困った人」なのです。
Tess_stage-01上記「ポランスキー逮捕」のニュースを聞いた時には、私も流石に「一巻の終わりか」と心穏やかではありませんでした。が、ここでもポランスキーは間一髪、米国への身柄引き渡しを逃れ釈放される事になります。上記「全ての映画監督が嫉妬する才能」とも書いたように、世界中の主要な映画人を中心として、フランス政府その他もポランスキー援護に回ったからです。
終生まで「追われ続ける」人生を送る事に成りそうなロマン・ポランスキーですが、皮肉にも、それが彼の”老いて尚冴え渡る”映画創りに繋がっているようです。
私のロマン・ポランスキーとその映画への賛辞と嫉妬も留まるところを知りませんが、彼の引き受けて来た、そのあまりに壮絶な人生は流石に羨ましくは思えません。

以下、ロマン・ポランスキーの目眩く作品群:
水の中のナイフ Nóz w wodzie (1962)
世界詐欺物語 Le plus belles escroqueries du monde (1964)
反撥 Repulsion (1965)
袋小路 Cul-de-sac (1966)
吸血鬼 The Fearless Vampire Killers (1967)
ローズマリーの赤ちゃん Rosemary’s Baby (1968)
マクベス Macbeth (1971)
ポランスキーの 欲望の館 What? (1972)
チャイナタウン Chinatown (1974)
テナント/恐怖を借りた男 The Tenant / Le Locataire (1976)
テス Tess (1979)
ポランスキーの パイレーツ Pirates (1986)
フランティック Frantic (1988)
赤い航路 Bitter Moon (1992)
死と処女 Death and the Maiden (1994)
ナインスゲート The Ninth Gate (1999)
戦場のピアニスト The Pianist (2002)
オリバー・ツイスト Oliver Twist (2005)
それぞれのシネマ To Each His Own Cinema (2007)
ゴーストライター The Ghost Writer (2010)
おとなのけんか Carnage (2011)
毛皮のヴィーナス La Vénus à la fourrure (2013)

Plein Soleil 太陽がいっぱい

images近くの映画館で上映されると知り、ここ数日ずっとこの音楽が頭の中でリピートしていました… 紹介するにはベタすぎる映画ですが、スクリーン上で観たのは、恐らくン十数年ぶりくらいなので、記念碑的に。

私事で恐縮ですが、私の記憶にある叔父の一人がMaurice Ronet(モーリス・ロネ)(この映画のアラン・ドロンではない方)にそっくりで、子供の目には、苦みばしったというのか、いつも不機嫌な表情を浮かべた近寄り難い大人の男、とでもいうのか、当時は怖かったのですが、今では何となく私の憧れとなっている叔父なのです。

以前に紹介した『山猫』でもそうでしたが、若き日のアラン・ドロンの獣のような美しさは異常です。私に別にその気は無いのですが(笑)。

この映画を最初に観た当時から強烈に脳裏に焼き付いているシーンと台詞があります。
ヨットでの食事中、フィリップ(モーリス・ロネ)と恋人(マリー・ローラン)は素手で魚料理を食べていますが、トム(アラン・ドロン)はフォークとナイフを使っています。(上の0:17〜0:24にその部分のスライドがあります)
そのフィリップがトムに言います。
「上品ぶること自体がそもそも下品なんだよ」
(私の記憶では、当時の字幕では『上品ぶってもお里が知れるってね』だったと思います)
「魚にナイフは使わない。ナイフの持ち方も違う。(そういってトムのナイフに手を伸ばし)こう持つんだ」
とハイクラスのフィリップは恋人の面前でトムを蔑み、そしてトムは卑屈な笑みを浮かべその場を濁すのです…
この瞬間、トムはフィリップを殺す事を決意したに違いない、と今でも私は思います。

この映画の真骨頂は、もちろんNino Rota(ニーノ・ロータ)の音楽と、そして私も当時憧れたHenri Decaë(アンリ・ドカエ)の「街に出て」ゲリラで撮りまくるカメラにあります。

ベタベタな映画の話題で済みませんが、この話は、現代の政治家や役人に「極限の恐怖体験」や「情操教育」がいかに必要か、との話題に続く予定ですので…

ロベール・アンリコ『ふくろうの河』

本日はメーデーですね。
ちょっと前にご登録者の方が「マイフェバリットはアラン・ドロンの『冒険者たち』です」と仰っていたのを思い出しました。FXのブログですが、映画の話題が出ると妙に嬉しく、ついつい反応してしまいます。
監督のロベール・アンリコは『冒険者たち』で世界的に有名になる前に『ふくろうの河』という秀逸な短編映画を撮っています。YouTubeにあったこのバージョンは『トワイライトゾーン』の冒頭紹介部分(英語)がありちょっと残念ですが、本当に『画だけで語る映画』ですので、お時間があれば是非ご覧になってください。

「実は私黒澤映画の大ファンでして」と仰っていた方もいらっしゃいましたね。
また、たまには映画の話題にも触れて行きたいな、と思います。

芸術を超える瞬間 『ランデヴー』

ここのところHantec Marketsの紹介をいつ再開しようかと考えていた所、諸事情が重なりタイミングを逃していました。やっと本日時間ができたと思ったところで月替わり…本日はAtelier de Balibari公式ウェブサイトでの「Balibariシネマ」の更新動画を紹介します。

私自身、一本の映画を製作することが(たとえ短編映画であろうとも)どれだけ大変なことか身を持って知っているつもりで、所謂「傑作」と呼ばれる映画作品は、監督の才能は勿論ですが、ありとあらゆる側面において、偶然や幸運が重ならない限り成し得ない、まさに「奇跡の賜物」であると思っています。

『男と女』で有名なクロード・ルルーシュ監督の映画は正直言って私の好みではありませんでした。日本での未公開作品が多かったという事もあるのですが、公開作の日本語タイトル(『パリのめぐり逢い』『白い恋人たち』等…)からして何だかフニャけたイメージがあって私の「食わず嫌い」を決定付けていた感もあります。
そんな監督の短編映画『ランデヴー』に偶然出会った瞬間、文字通り、頭をガンと殴られたようなショックを受けました。若い頃「才能のかけらもない」と揶揄され冷笑されていたクロード・ルルーシュが、多少有名になった後とは言え、その反骨のスピリット(仏語・esprit)が偶然や運を強引に手繰り寄せ、「芸術を超える瞬間」を産み出した希有な作品だと思います。こんな「瞬間」を目の当たりにすると、“映画”や“芸術”などを口にする自分を矮小で恥ずかしく感じ、同時にその高い志 = 精神への共感で涙が出そうになります。

パリの街並を歩いたことがある人なら、まして運転された事のある方なら(私も20年もののポンコツプジョーでパリ中を走り回ったことがありますが…)、いくら夜明けに近い時間帯とはいえ、この撮影がどれだけリスクを取り恐ろしいものであるか良く分かると思います。公式ウェブサイトに公開するには「長過ぎるシーン」ですが、まさにあっという間の8分24秒です。できればモニターを“フルスクリーン”にしてお楽しみください。

ちなみに監督のクロード・ルルーシュは、撮影後パリ市警に逮捕されたそうです。

圧倒的な“権力と物量”が「芸術を超える瞬間」を産み出すのがヴェルサイユ宮殿の前に延々と広がる「庭園」であり、一個人のまさに反骨精神が「芸術や権力なんてクソ食らえ」的に超越したのが、この『C’était un rendez-vous(待ち合わせがあったんでね)』だと思っています。

追記:デジタル撮影などあり得なかった当時、35mm映画用フィルムは最大ロール1000フィートを装填しても、最長10分程度しか撮影できませんでした。つまり10分以内にこの行程を走りきれなかったら全ては水の泡・・・というリスクもあった訳です。